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国語辞典とノーベル賞
三省堂の国語辞典が8年ぶりに大改訂されました.言葉は生き物.辞書は言葉を写す鏡です.追加される言葉もあれば、消えていく言葉もあります.

「コギャル」や「着メロ」など1100語がなくなった一方で,スマートフォンの普及やコロナ禍によって3500もの新しい言葉が追加されました.

その追加される言葉の一つが「人流」です.

今年は本当に人流という言葉をよく聞きました.研究でも,そしてテレビでも.小池百合子都知事が「え~っとこれはじんりゅう(人流)と読むのですかね…」と会見で使った時には正直驚きました.小池都知事はもとキャスターということもあり,言葉の使い方には敏感だと思うので,「人流」という言葉は知らないけれども,手持ちの紙にそう書かれているので…という文脈で使ったように感じました.

私自身,これまで人流,人流計測という言葉をよく使ってきましたが,人流は辞書には載っていない言葉で,いわば造語です.

私の所属する電子情報通信学会の論文検索で検索すると 2021年12月現在で「人流」を含む論文が76件検索できます.そのうち私が著者になっているものが6件.初出は1996年でそれまではパラパラと使われていたのが2010年ころから徐々に増えてきて,コロナ以前の2018年がピークだったようです.つまり,研究分野ではそれなりに使われているけど,一般には浸透していない言葉だったのが,コロナによって一般の人にも浸透した言葉と言えそうです.

私が使った外部資料での初出は2009年の画像センシングシンポジウム (SSII09)に発表した“大型複合施設における長期間にわたる人流解析”という発表なので,初期の段階で使い始めた研究者の一人と言えそうです.

2016年に日本知能情報ファジィ学会誌に寄稿した解説記事の最後はこんな文章で締めくくっています.

“我々の研究であるセンシング技術やシミュレーション技術が向上することによって,人流が当たり前のように計測・予測できるようになれば「人流」も広辞苑の見出し語に並ぶかもしれない.

じん・りゅう【人流】 人の流れの略.人を出発地点から目的地点まで移動させる上で必要な誘導・安全確保などの諸活動の全体.「―計測」「―予測」「―分析」

こんな見出し語が採用されるようにも今後も人流解析に関する研究を続けていきたい.”

出だしで「物流」は見出し語にあるのに対して「人流」はないことを紹介しながら最後に上のように締めくくっています.解説記事の全文はこちらで読むことができます.広辞苑ではありませんが,今回,三省堂国語辞典の見出し語に「人流」が採択されたことは私にとってはとても感慨深いです.是非,私が書いた説明と三省堂国語辞典の説明を見比べて頂きたいものです.

一点だけ,例文は「繁華街の人流が減少する」ではなくて「増加する」にして欲しかった…

さて話は変わりますが,ノーベル物理学賞を真鍋淑郎氏が受賞しました.コンピュータでの気候シミュレーションによって温暖化予測研究を切り開いた功績です.地球を観測して,気候のシミュレーションを行う研究です.

我々の研究もとてもよく似ていると感じます.人流を観測して人流シミュレーションを行い,混雑や社会現象を解明し,社会の最適化を目指します.大きく違うところは観測対象自身が意思をもって行動するために,介入効果がすぐに表れるところです.気候などの地球の変化は人を介して間接的なのに対して,我々は人自身を扱うので直接的です.そこが研究の面白さであり,難しさでもあります.

人流でノーベル賞を取る時には誰が受賞するのでしょうか.Social Force Model という考え方を打ち出し,いち早くコンピュータで人の動きを再現できるようにし,多くの論文に引用されている Dirk Helbing は当確でしょうか.そんな想像をしてみても面白いです.

これからも人流関連の研究テーマの面白さを伝えながら多くの人を巻き込み,成果を出していくと共に,広辞苑の見出し語になる日を心待ちにしています.
(2021/12/20)

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